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イタリアにおける卒業論文のテーマ

Takenori

【イタリア】卒業論文のテーマ

なぜだかわからないけど、大学の卒論制作の協力を頼まれることがよくある。よくある、と言っても今まで3人+1人だけなんだけど。

親戚や恋人、そしてその恋人の弟など、これまで3人の大学生が大学を卒業するための手助けをしてきた。

恋人に至ってはイスラム教をテーマに選んじゃったりして、大学に向かう途中の電車の中でもイスラム教に関する資料や本を読むもんだから、僕まで周りの人から特異な目で見られた。被害を被るようなことさえなければ、どんな目で見られてもいいんだけど。

今更こんなことを説明する必要もないんだろうけど。ここ数年でニュースで取り上げられているイスラム国の連中による事件は、イスラム国(イスラム教が布教されている国)を国籍とする悪人が犯した犯罪であって、イスラム教やイスラム国そのものが悪というわけではない。

その証拠、とまではいかないかもしれないけど、僕がよく利用させてもらう関西国際空港(以下、関空)の話を少し。

具体的にいつからかはわからないけれど、恐らくここ数年の間に、関空にはイスラム教徒の人々(もっと言えばイスラム教徒だけじゃなく誰でも利用できる)が礼拝するための礼拝堂のような設備が大々的に設けられた(祈るだけの小さい部屋は昔からあったみたい)。もちろん、関空を利用するイスラム教徒のための設備だ。

これは「ムスリムフレンドリー」と呼ばれ、「日本は宗教差別をしない/宗教に理解がある国」だとして、訪日する外国人からも大変喜ばれている。イスラム教徒の訪日大歓迎!を国の入り口が実践しているってわけだ。

話は戻るけど、イスラム教なんて比べ物にならないくらいのテーマを引っ提げて、卒論を手伝ってほしいと言う4人目の大学生が、また僕の目の前に現れたんだ。

イタリア人が選んだ卒論テーマ

ミシェル「大学の卒論手伝って」

僕「テーマは何?」

ミシェル「人類学だよ

僕「壮大過ぎ」

いきなり本題から入ったけれど、これは本当にあったウソのような話。

人類学とか、いったい何年分の資料をどれだけの月日を費やしてまとめないといけねーんだ?って考えが一瞬で脳裏をよぎった。もちろん内容は絞るんだろうけど、絞った先にある内容を更に絞って絞って絞らないといけないんじゃねーの?ってもう一人の僕が囁いていた。

しかも第4使途ミシェル(本名)はこれまでの使途の数倍は手強い。なぜなら簡単な日本語しか通じないのである。

僕だってイタリア語で知ってるのは「アリアリアリアリアリーヴェデルチ!」くらいだし。(正確な発音はアリヴェデールチ)

しかもテーマが本当に壮大過ぎて、具体的に何のことを書けばいいのかな~って感じだったんだよね。イスラム教とかならイスラム教に関することをある程度調べて(これでも3ヶ月以上かかって大変だった)もっともらしいことを書いてりゃ良かったけど。

でも驚いたことに、彼女の中じゃある程度決まっていたんだ。僕に手伝ってほしい内容も「日本ならではの事」として具体的に挙げてきた。

彼女が挙げてきた日本ならではの事とは、「」に関することだったんだ。

「たけ(ミシェルが僕を呼ぶときの呼び方)は桜についてどう思う?」って聞かれたときは、「え、きれいだと思うけど、なんで?」としか答えられなかった。

桜=人類学、なーんて方程式がなんで成り立つんだ?って思いながらも、イタリア人の彼女がどういう考えの元で桜を選んだのか、それを知りたくてウズウズしたのを今でも覚えている。

彼女が言ってきたことを端的にまとめると、

  • 桜が咲く頃に決まって桜の木の下に集まってご飯を食べている
  • みんな笑顔だし、子供から大人まで関係なく集まる
  • 祝日のように〇月〇日みたいに決まっていないのに、まるで日本の文化として根付いている

そう、彼女は桜と言うよりも、お花見のことを意識してたんだ。

「どうして桜は日本人を集めるの?どこにでもあるけど桜は特別なの?どうしてみんな陽気になるの?桜に対してこの扱いは何?他の花じゃダメなの?他の何かかじゃダメなの?」

そんな、日本人の僕にも到底答えられない質問を、「日本人なら知ってるよね?」って感じの期待の念を込められて質問された。まるで日本の47都道府県の位置を全部示せるよね?みたいに。ちなみに僕は石川県の位置を聞かれて、北海道の上って説明したことがある。

「知らない、わからない」で済ませるわけにもいかないし、なんでだろうね?ってことで一緒に考えた。結果として、人類学というテーマと繋ぎ合わせるために出した答えは「桜=平和の象徴」ということになったんだ。悪い人間もいるけど、みんな心の中ではやっぱり平和を求めてるんだろうね、って。

もちろん卒論には「桜=平和の象徴」の一文だけじゃなく、それを定義させるために日本人にアンケートを取ってデータ化したり、桜に関する歴史上の出来事(特に戦前・戦後のアメリカとの桜に関すること)をまとめて卒論に記載した。

出会いと別れ

桜=平和の象徴、ということ以外に僕が彼女に説明したのが、「桜は出会いと別れも連想する」というものだった。

過去から現代にかけて、入学や卒業シーズンには決まって桜をテーマにした何かが日本で扱われる。高校の卒業式の日に学校中で流れていたケツメイシのさくらのおかげで、死ぬほど苦しかった高校生活の思い出話も、笑いながら泣きながら、友人や部活のチームメイトと話すことができた。今でも高校時代の友人とカラオケに行ったときには、必ず一緒に歌うし卒業式のことも話題になる。

全く関係ない話だけど、どうして学生のときに仲が良かった連中が就く職は、警察が多いんだろうか。近付きたくないのに。

ケツメイシのさくらの歌詞をミシェルに全てイタリア語で説明するのに、4時間ほどかかったのには正直ウンザリ気味だったけど、独特な日本語とリズムでさくらを歌うミシェルを見ていたら、もっと難しい日本語の歌を教えるのも悪くないな、なんて思えた。

歌詞を卒論に載せようとしてたから全力で止めた。

※花に関する不思議で面白いエピソードは彼女とだけじゃなく、別の外国人との話でも面白いものがあったから、別の機会に記事を書こうと思う。

平和って何?

ここでもう一度「桜=平和の象徴」に戻るけど、イタリア人の彼女にとって日本における平和は、それはそれは見事なまでに言葉通りの平和そのものらしい。

近年のイタリア(イタリアに限らずヨーロッパ全土)では、難民の受け入れ人数が凄く多い。彼女が言うには、彼女の家があるイタリア・クレモナの人口の、15倍以上の人数の難民をイタリアは受け入れていると。

クレモナは日本で言えば県に位置するんだけど、彼女にしてみたら県が15県増えるほどの人をイタリアが受け入れているのと一緒で、イタリアなのにイタリア人よりも他国の人(難民)を見かけることの方が多くなってきたんだって。

そこで彼女にしてみたら当然の気持ちなんだろうけど、「日本は平和なのにどうして難民を受け入れないの?日本人だけが助かればいいの?と思ってます。」というようなことを言われたことがある。

さすがは人類学をテーマに卒論を作ろうとするだけのことはあって、僕なんかには到底説明ができない質問や質問に近い疑問を投げかけてくる。

そうなってくると、ネットに書かれているそれらしい理由を、イタリア語にして説明するくらいしか僕には出来なくて。しかもそんなハッキリとしない内容を卒論に書かれると困るから、卒論には書かないように強く言って、きっと彼女をガッカリさせることも多々あったんだろうと落ち込んだりもした。

こんなことも言われた。

たけは卒業式の日に友達と別れても、カラオケで会うことが出来てます。でも難民は国に残してきた家族とは二度と会えない覚悟で国を出ています。」と。

僕が出会ったことがある大阪に住んでいる日本人じゃない難民の方は、日本で作り上げた日本人との家族がある。でも日本に滞在することの出来る期間を過ぎて自国に戻った際に、再度日本に行くことを故郷の国が許可してくれない場合は、その人は日本の家族ともう会えないと言ってた。それこそ命懸けで亡命しないといけないと。許可してくれるとしても、その許可が下りるまで何年かかるかわからないような事態だと。

僕が国外に足を向けたくてある程度の計画の元日本を離れるのと、難民たちが生きるために離れたくもないのにある日突然自国を後にするのと。「外国に行く」ということは同じなのに、その背景にある理由やリスクは比べ物にならないレベルだと考えさせられた。

 

23歳のまだまだ青い大学生を手伝うつもりが、逆に僕の目線や考え方を新たにする手伝いをしてくれることになるなんて。と言いつつ正直なところ、こういった自分の知識の蓄えになったり、面白かったり為になると思える他人の考えを共有できることを期待するから、手伝うことに少しの抵抗もない自分がいたりする。

僕が23歳の頃は青かった。それこそアバターくらい青かった。映画館にアバターを見に行った際、途中で何度も寝て何度も起きたのにも拘わらずまだまだ終わりそうにないことに心底嫌気がさした。帰りの家路の途中、一緒に行った恋人がアバターにしか見えなくなってた。映画なんてほとんど見ていないにも拘わらず、だ!まぁその頃は映画と同じくらい恋人のことも見てなかったけど。

でも最近の23歳は大人だ。アバターじゃない。もちろんアバターにもよるだろうけれど、今回卒論の制作を手伝わせてもらった23歳の女性はアバターじゃなかった。自分の考えをしっかりもった人間だった。

 

イタリアの大学史に残る卒論の、しかも偉大なテーマの卒論に、協力者として僕の名前が載ることになるかもしれないっていう下心をひた隠しにした記事でした。

6月14日に卒論の一次提出と作文があるみたいだけど、うまくいくといいな。

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